犯罪報道記事の削除を巡る諸問題について

1.「犯罪報道記事」の意義

 犯罪報道記事とは,個人あるいは団体の犯罪事実を伝える文章である。典型的には,新聞や雑誌に掲載された事件記事がこれにあたる。また,インターネット上のニュースサイトや電子掲示板に,このような記事が転載されることも多い。後者については,投稿後,長期間にわたり,閲覧可能な状態で放置される傾向にある。

2.問題点

 犯罪の発生(あるいは発覚)直後においては,犯罪報道記事は,社会の正当な関心に応えるものとして,違法性が阻却される。しかし,このような記事が削除されないままネット上に残存したり,事件から長期間経過後に改めて公表されたりすると,事件に係わった者の社会復帰に深刻な影響を及ぼす*1たとえば,会社が,社員を雇用する際,候補者の氏名をネットで検索していることは周知の事実である。。その背景には,インターネットの普及と,検索エンジンの発達により,誰もが容易に,個人情報を収集できるようになったという事情がある。

3.最決平成29年1月31日

 インターネット上の犯罪報道記事については,従前,仮処分を申し立てることで,比較的容易に削除が可能であった。すなわち,重大犯罪でない限り,刑事処分終了後,3~5年経過すれば,削除の決定を取得できたのである。しかし,このような状況は,最決平成29年1月31日*2http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=86482を境に一変した。同最決は,検索結果に表示される犯罪報道記事について,「当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」に,削除が認められると判示した。これにより,最高裁が,犯罪報道記事の削除について,慎重な立場をとることが明らかとなり、以後,同種事案の審理に重大な影響を与えることになった。

4.新たな争点

  1. 上記最決は,検索結果を対象としたもので,個別記事については言及していない。そのため,これが,個別記事にも適用されるのかという新たな争点が生じた。この点,プロバイダ側からは,これを所与の前提として、同最決が援用される傾向にある。しかし,同最決が,検索エンジンの「インターネット上の情報流通基盤としての役割」に根拠を置いていることに照らすと,直ちにこのような結論は採りがたい。同最決の担当調査官(髙原知明 現横浜地方裁判所判事)も「検索条件の要求なく情報提供を行うサービスは本決定の射程外である」と明言している*3Law&Technology No.76,83ページ,脚注4。また,個別記事の削除に係る東京高決平成29年10月27日も,これを否定的に解しているところである*4「なお,相手方は,本件投稿記事の削除の当否について,最高裁平成28年(許)第45号同29年1月31日第三小法廷(民集71巻1号63頁,以下「最高裁平成29年決定」という。)の趣旨が本件にも妥当する旨の主張をするが,最高裁平成29年決定は,いわゆる検索エンジンに対する検索結果(URL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋)の削除請求に関するものであり,本件サイトの管理者である相手方に本件投稿記事の削除を求める本件とは事案を異にし,その趣旨は格別,直ちに本件に妥当するものではないというべきである。」
  2. なお,髙原判事は,上記最決の調査官解説において,「一般論としては,ある者のプライバシーに属する情報がインターネット上で拡散していることをその者が認識し,相当期間の経過を待って検索事業者に対してURL等情報の削除を求めた本件のような事案において保全の必要性は否定されるのが通常であるように思われる」と論じている。これを受けて,近時,コンテンツプロバイダ側から,個別記事の削除仮処分において,「保全の必要性がない」との反論が出されることがある。しかし,上記解説が検索結果の削除を念頭に置いていることは,前後の文脈から明らかであり,これを個別記事の削除に援用すべきではない。また,仮に,かかる援用を認めた場合,犯罪報道記事については,およそ保全手続を利用し得ないという不当な結論にもなりかねない*5犯罪報道記事が公開された直後(あるいはこれと近接した時期)に削除仮処分を申立てれば,「当該記事は未だ社会の正当な関心事」として被保全権利の存在が否定される。一方,相当期間経過後,社会の関心が希薄になったのを見計らって申立てれば,「認識後,相当期間の経過を待ってした」ことが問題視され,保全の必要性が否定される。。同解説の趣旨は「少なくとも検索結果の削除に関する手続については,表現の自由の観点から,本案手続で十分な議論が成されることが望ましい」との文脈に沿って理解するのが正しいと思われる。

5.影響と対策

 以上のとおり,最決平成29年1月31日は,事件報道記事の削除に多大な影響を及ぼしている。このような影響の下,現在では,刑の言い渡しが効力を失っていない*6刑法27条及び34条の2参照。犯罪報道記事について,裁判所の決定を得るのは困難な状況にある。こうした状況に対応するため,代理人弁護士が採りうる対策には,以下のようなものがある。
(1) 本案訴訟提起
 前記4-2の争点を回避するため,犯罪報道記事の削除については,仮処分ではなく,本案訴訟を選択することが考えられる。この方法には,犯罪報道記事による被害の実態(就職・結婚ができない,会社から退職を促される,など)について,本人尋問により,詳細に立証できるというメリットがある*7もっとも,事案の性質上,このような尋問の実施に消極的な被害者も多い。。その一方で,判決まで時間が掛かる*8とりわけコンテンツプロバイダが外国企業である場合,このようなデメリットは顕著となる。比較的迅速に行われる対アメリカ企業のケースですら,訴状の送達には半年程度掛かるのが通常だからである。,弁護士費用が仮処分に比べて高額になるといったデメリットも存在する。
(2) 対投稿者直接アプローチ
 上記最決の影響を排除するため,「コンテンツプロバイダには敢えて削除を請求しない」という選択肢もありうる。すなわち,プロバイダに対しては,発信者情報の開示を請求するに留め,記事の削除は投稿者本人に請求するという方法である。この方法には,①上記最決が採用する「明らか」基準を回避できる*9発信者情報開示請求については,最決平成29年1月31日後も,対等な利益衡量基準が用いられることが多い(東京地判平成30年1月16日など)。,②プロバイダから意見照会*10特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条2項参照。を受けた投稿者により,対象記事が自発的に削除される可能性がある,というメリットがある。しかし、その反面,投稿者に記事の削除権限がないケース*11たとえば,電子掲示板上の投稿記事について,投稿者は自分で投稿した記事を削除できないのが通常である。では利用できないという問題点がある。

6.終わりに

 検索エンジンは,今日の事件も,10年前の事件も,区別せずに拾い上げる。そして,それを,不特定多数人が,インターネットを通じて,長期間にわたって閲覧し続ける。私たちは,そんな「忘れることのできない世界」に住んでいる。上記最決の検討にあたっては,「忘れられないこと」のデメリットにも目を向ける必要があるように思える*12この点,「忘れられる権利」を正面から認めたさいたま地決平成27年12月22日(最決平成29年1月31日の原々審)は,「インターネットと検索エンジンによって変容した世界」を意識している。一方,上記最決からは,そのような意識は感じ取れない(単に、「インターネットと検索エンジンが存在する世界」を念頭に置いているに過ぎない)。極言すれば,後者は,「表現の自由第一主義」という従来の価値観を「検索エンジンvs削除請求者」という対立構造に適用しただけである。

田中一哉

1969年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。筑波大学大学院システム情報工学研究科修了(工学修士)。2007年8月 弁護士登録(登録番号35821)。現在,ネット事件専門の弁護士としてウェブ上の有害情報の削除,投稿者に対する法的責任追及などに従事している。

脚注   [ + ]

1. たとえば,会社が,社員を雇用する際,候補者の氏名をネットで検索していることは周知の事実である。
2. http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=86482
3. Law&Technology No.76,83ページ,脚注4
4. 「なお,相手方は,本件投稿記事の削除の当否について,最高裁平成28年(許)第45号同29年1月31日第三小法廷(民集71巻1号63頁,以下「最高裁平成29年決定」という。)の趣旨が本件にも妥当する旨の主張をするが,最高裁平成29年決定は,いわゆる検索エンジンに対する検索結果(URL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋)の削除請求に関するものであり,本件サイトの管理者である相手方に本件投稿記事の削除を求める本件とは事案を異にし,その趣旨は格別,直ちに本件に妥当するものではないというべきである。」
5. 犯罪報道記事が公開された直後(あるいはこれと近接した時期)に削除仮処分を申立てれば,「当該記事は未だ社会の正当な関心事」として被保全権利の存在が否定される。一方,相当期間経過後,社会の関心が希薄になったのを見計らって申立てれば,「認識後,相当期間の経過を待ってした」ことが問題視され,保全の必要性が否定される。
6. 刑法27条及び34条の2参照。
7. もっとも,事案の性質上,このような尋問の実施に消極的な被害者も多い。
8. とりわけコンテンツプロバイダが外国企業である場合,このようなデメリットは顕著となる。比較的迅速に行われる対アメリカ企業のケースですら,訴状の送達には半年程度掛かるのが通常だからである。
9. 発信者情報開示請求については,最決平成29年1月31日後も,対等な利益衡量基準が用いられることが多い(東京地判平成30年1月16日など)。
10. 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条2項参照。
11. たとえば,電子掲示板上の投稿記事について,投稿者は自分で投稿した記事を削除できないのが通常である。
12. この点,「忘れられる権利」を正面から認めたさいたま地決平成27年12月22日(最決平成29年1月31日の原々審)は,「インターネットと検索エンジンによって変容した世界」を意識している。一方,上記最決からは,そのような意識は感じ取れない(単に、「インターネットと検索エンジンが存在する世界」を念頭に置いているに過ぎない)。極言すれば,後者は,「表現の自由第一主義」という従来の価値観を「検索エンジンvs削除請求者」という対立構造に適用しただけである。

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