「特定不能」の立証責任

[判示例]
原告による発信者情報開示請求が認められるためには、原告において、被告が発信者情報を「保有する」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)ことを主張立証する必要がある。そして、ここでいう「保有する」とは、発信者情報を事実上支配し、これを開示する権限を有するのみならず、その権限の行使が可能な程度にデータの存在を把握し、これを特定・抽出し得る場合をいうものと解すべきである。

[控訴理由の記載例1]
発信者情報を開示する権限の行使が可能な程度にデータの存在を把握し、これを特定・抽出し得るか否かは、開示関係役務提供者が、開示請求者からの請求に基づき、その保有する通信記録を調査して初めて明らかになる。このような事実について開示請求者に立証責任を負わせることは、不可能な立証を強いるもので不合理である。このような事実は発信者情報開示請求権の発生を妨げる事実(権利障害事実)であるから、開示関係役務提供者がその存在について主張立証責任を負う。

[控訴理由の記載例2]
「開示関係役務提供者が、発信者情報を開示する権限の行使が可能な程度にデータの存在を把握し、これを特定・抽出し得るか否か」は、開示関係役務提供者が、その保有する通信記録(ログ)を調査して初めて明らかになる事柄である。よって、開示請求者がこのような事実を立証することは不可能であるからこれについて、開示請求者に立証責任を負わせることはできない。立証責任の公平な分配の観点からは、このような事実は開示関係役務提供者が立証責任を負うと解すべきである。原判決はこのような立証責任の所在を誤解している点で、法5条1項柱書の解釈を誤っている。[2023年6月17日追記]

[控訴理由の記載例3]
 「開示関係役務提供者が開示請求の対象となっている情報を保有しているか否か」は、同人が、その保有する通信記録等を調査して初めて明らかになる。よって、このような事実について、開示請求者に立証責任を負わせるのは妥当でない。立証責任の公平な分配の観点からは、このような事実は開示関係役務提供者が立証責任を負うと解すべきである。
 仮に、上記「保有」について、開示請求者が立証責任を負うとしても、その立証の程度は、「開示関係役務提供者が、当該情報を類型的に保有していること」の立証で足りる。開示関係役務提供者の支配権内にある情報の存在について、開示請求者に厳格な立証を求めることは、不可能を強いる結果となり不合理だからである。[2023年7月3日追記]

[関連裁判例]
(1) 東京高等裁判所令和5年1月26日判決は、本件同様、法5条1項柱書の「保有」の立証責任が争点となった事案について、プロバイダが提出した証拠(報告書)の信用性を肯定した上、これに基づく原審の事実認定(「対象ログは存在しない」との事実認定)を適法と認めた。このような判示からは、同判決が、このような信用性評価の前提として、「『ログ不保有』(=対象ログを特定・抽出できないこと)の立証責任は開示関係役務提供者にある」と解したことが看取できる。
(2) 東京地方裁判所令和3年12月23日判決は、プロバイダが「保有の事実については開示請求をする者が主張立証責任を負う。被告は、これらの情報の保有を認めたことはなく、本件で対象となる情報の保有を争う。」と主張して、発信者情報の調査を拒否した事案について、「本件全証拠によっても、被告が本件投稿者の住所に係る情報を保有していることを認めるに足りる証拠はない。他方で、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件ウェブサイトにロコミを投稿するためには、グーグルにアカウントを開設する必要があること、その際には、氏名、メールアドレス及び電話番号の入力を求められることが認められるから、被告は、別紙発信者情報目録記載の各情報のうち住所以外の情報については、保有していると認めるのが相当である」と判示して、プロバイダに発信者情報の開示を命じた。
(3) 東京地方裁判所令和5年3月22日判決は、プロバイダが、合衆国法典第18編第2702条(a)(1)(いわゆるSCA:Stored Communication Act:蓄積された通信に関する法律)を盾に、発信者情報の調査を拒否した上、「保有を争う」と答弁した事案について、「被告のサービスにおいてユーザーがアカウントを作成する際、アカウント情報として電話番号を入力する欄が設けられていること、アカウント情報の入力に先立ち、本人確認のために認証用の電話番号の入力が求められ、認証後、アカウント情報を入力する際、電話番号を入力する欄に認証用の電話番号が自動的に転記されることがあることからすれば、被告は、本件投稿を投稿したアカウントの情報として電話番号の情報を保有していると推認され、被告は、当該電話番号の情報を保有しているか確認していないことも考慮すれば、被告は、同電話番号の情報を保有していると認めるのが相当である。」と判示して、プロバイダに発信者情報の開示を命じた。
(4) 上記(2)及び(3)の各判決は、いずれも、プロバイダが開示請求の対象情報を保有しているか不明な状況下(=プロバイダが発信者情報に係る調査を拒否し、その保有を争った状況下)で、プロバイダが類型的に当該情報を保有していると認定できること(上記(2)判決)、あるいは、プロバイダが当該情報を保有していると推認できること(上記(3)判決)を根拠に、法5条1項柱書の「保有」の要件を満たすと認定した。すなわち、両判決はいずれも「保有」に係る開示請求者の立証責任を軽減したものと理解できる。その背景には、「保有」について、開示請求者に厳格な立証責任を課すことは不可能を強いる結果になるとの問題意識がある。[2023年6月17日追記]
(5) 東京地方裁判所令和6年3月7日判決は、グーグルが「合衆国法典第1 8編第2702条(a)は、プロバイダに対し通信の内容やユーザーに関する情報を原則として漏洩してはならない旨を定めており、その例外として同2703条は他の事由とともに裁判所による開示命令がある場合を定めている。電話番号のようにユーザーが任意に登録する情報は、その『存否』についても秘密として保護され、それを開示することは漏洩に当たると解されている。したがって、裁判所の開示命令なく電話番号の存否を回答することは上記法律違反になり得るから、被告は、法的手続(裁判所による終局的な決定又は判決)がなければ存否の確認を行っておらず、本件審理中に電話番号の保有の有無は回答できない。また、本件審理中は、裁判所の開示命令がないから、被告は上記の法律上の制約により電話番号を開示することもできない。したがって、『保有』については否認する」と答弁した事案について「証拠によれば、グーグルアカウントを作成する者は、電話番号も含む一定の情報の入力を求められることが認められる。また、被告の提出する証拠によっても、約半分ものアカウントが電話番号を登録していることが認められる。これらに照らせば、電話番号を入力せずにグークルアカウントを作成する方法があることや電話番号を削除できるとの被告の指摘を踏まえても、被告が本件記事の発信者の電話番号を保有していることは推認される。他方で、被告は法律上の制限を理由に、開示命令が出されない限り保有の有無の調査すら行わないと述べており、現時点では、上記推認を覆す事情を示すことはできていない。以上に照らせば、被告は、発信者の電話番号を保有していると認めるのが相当である」と判示して、プロバイダに電話番号の開示を命じた(プロバイダが電話番号の保有を否認している状況下で、開示請求者が提出した証拠から保有を推認・認定した初めてのケースと推測される)。[2024年3月9日追記]
(6) 上記(5)判決の意義は、プロバイダがログの調査を行わずに発信者情報の保有を「否認」しても、開示請求者が「当該情報は類型的に保有されていること」を立証することでプロバイダ責任制限法5条1項の「保有」が推認されうること(そのような推認を覆すにはプロバイダによる反証が必要であること)を示した点にある。開示請求者は「プロバイダが侵害情報に係る発信者情報を現に保有しているか」を知り得ない。とすれば、立証責任の公平な分配、及び、訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に照らし、このように解するのが合理的だろう。[2024年3月10日追記]

[関連資料]
伊藤眞著「民事訴訟法」(第7版)369ページ脚注223には以下の記述がある。「なお、信義誠実訴訟追行義務に照らすと、自らの支配権内にある事実について不知の陳述をすることは不適切であり、争うのであれば、根拠を示して否認することが望まれる。」[2023年6月17日追記]