グーグルに対する発信者情報開示請求

1 特徴

 グーグルは最高裁が「情報流通の基盤」と認めた最初のウェブサイトである(最高裁第三小法廷平成29年1月31日決定)。予測しうる将来において、他のサイトが同様の認定を受ける可能性はないから、グーグルは、日本史上、特権的地位が認容された唯一のサイトになる見込みである。このような地位の特殊性は、現在も、グーグルを巡る裁判実務に甚大な影響を及ぼしている。

2 代理人

 グーグルにはAMTあるいはMHMの弁護士が代理人に就く。人数は2人又は3人。構成は「ベテランor中堅+新人」であることが多い。審理で発言するのは概ねリーダー役で、他の代理人が発言することは少ない。

3 主張立証

 グーグルの答弁書には雛形があると推測される。基幹部分がどの事件でも同一であることがその根拠である。答弁書の内容は網羅的で遺漏がないが、論証レベルは平均的である。証拠にはグーグルが取得した多数の裁判例のほか、営業主体に係る他の口コミが提出されることが多い。

4 保有情報

 グーグルは、①アカウント作成時IP、②ログインIP、③ログアウトIP、④電話番号、⑤メールアドレスの各情報を保有する。ほかにアカウント保有者の氏名・住所を保有していることもある筈だが、これらを開示の対象に加えると争ってくる。電話番号については「裁判所による終局的な決定または判決がなければ存否の確認を行わない」と明言している(後記6(2)参照)。ログアウトIPについては調査した上で「保有していない」と回答してきた例がある。直後ログインIPについては「手作業で調査しているので保有確認に時間がかかる」→「どのくらい時間がかかるか分からない」→「そもそもプロ責法の開示対象外である」などと主張を変遷させてくる(調査すること自体を嫌っている節がある)。要するに、投稿者の特定に資する情報のうち、グーグルが素直に調査に応じるのは直前ログインIPとメールアドレスのみである。

5 争点

(1) 権利侵害の明白性
(2) 開示を求める正当な理由
(3) 違法性阻却事由(真実性、公共性、公益目的)
(4) 受忍限度論

6 問題点

(1) グーグルの事件は手続の進行が異常に遅い。仮処分や開示命令では、申立てから初回期日まで1か月、ログ保有確認まで2か月、開示まで3か月以上掛かるのが通常である。そのため、グーグルの場合、IPアドレス経由で投稿者を特定するのが極めて困難である。
(2) グーグルは、電話番号について、「裁判所による終局的な決定または判決がなければ存否の確認を行わない」と明言している(ただし、2023年になって、消去禁止命令後の本案訴訟で保有を確認してきた例が複数ある[Appendix (1) 参照])。その根拠は「合衆国法典第18編第2702条(a)(1)が禁止しているから」と説明されるが、日本国で行われている裁判で米国法が持ち出される根拠については何も説明されない。このようなグーグルの対応に対し、「(存否の確認がされていない情報についても)保有していると推認」できるとして開示を認めた裁判例が現れている(Appendix (2) 参照)。
(3) グーグルは、発信者に対し、事前の意見照会を行っていない(判決・決定後に行っていると説明している[Appendix (1) 参照])。意見照会を実施すれば、任意に開示に応じる投稿者もいるはずだが、グーグルは投稿者の意向を確認しないまま、独断で開示を拒否し争ってくる。このような対応はプロバイダ責任制限法6条1項に違反している疑いが強く、投稿者との関係で不法行為となる恐れある。
(4) グーグルは、発信者情報目録に「ただし、裁判所が発令する日において被告(グーグル)が保有し、かつ、直ちに利用可能なものに限る」との文言を付すよう要求してくる。請求者がこれを容れた場合、グーグルが「保有していない」あるいは「直ちに利用可能でない」と判断した情報は開示対象から外れてしまう。そのため、この但書が付いた判決・決定では、事実上、執行することができなくなる。

7 注意事項

(1) 書面&証拠の分量に怯まない。
 グーグルは、第1回期日前に、分厚い答弁書(15~20ページ)と膨大な証拠(20~30件)を出してくる。しかし、それらの本質はコピペと使い回しの資料に過ぎない。また、答弁書のほかには雛形がなく、その後の反論反証は衰耗する。よって、答弁書にさえ冷静に対応できれば、認容判決・決定を得ることは難しくない。
(2) 裁判所に迅速な進行を促す。
 前述のとおり、グーグルの事件は進行が異常に遅い。よって、IPアドレス経由での特定を企図する請求者は、申立時から、保全の必要性を強調して、裁判所に迅速な審理を促すべきである。また、審理開始後も、この点を考慮した期日指定がなされるよう裁判所に要請すべきである。
(3) 執行が最短パスであることを忘れない。
 グーグルは執行を非常に恐れる。だから、開示への最短pathは開示命令ではなく仮処分である(前者は異議が出されると執行できないが、後者は発令後14日以内であれば執行できる)。また、グーグルは決定が出てもなかなか開示してこない。極端な例だと発令から6ヶ月も待たされた例がある。よって、請求者は開示決定を得しだい、速やかに執行の準備に取り掛かるべきである。

8 Appendix

(1) グーグルが、意見照会の実施状況について、「消去禁止命令発令後に実施済み。発信者からの回答の有無・内容は確認していない。2週間あれば確認可能」と報告した事例に接した( 電話番号に係る消去禁止仮処分命令発令後に提起された本案訴訟において、裁判官からの質問に答えたもの)。ただ、プロバイダ責任制限法6条1項には「開示関係役務提供者は…開示の請求を受けたときは…発信者の意見…を聴かなければならない」と規定されているので、開示請求前に行われたこの照会は同条の意見照会ではない。単に、消去禁止命令発令の事実をユーザーに通知したに過ぎないのだろう。[2023年3月4日追記]
(2) グーグルが「合衆国法典第18編第2702条(a)(1)(いわゆるSCA:Stored Communication Act:蓄積された通信に関する法律)は、プロバイダに対し、通信の内容をいかなる者に対しても漏洩してはならない旨を定めている。その例外として、SCA2703条は、他の事由とともに裁判所による開示命令がある場合を定めている。ここで、通信の内容に関する情報が存在するか否かを回答することも、通信の内容の漏洩にあたると解されており、上記法律違反となり得ることから、被告は、法的手続(日本においては裁判所による終局的な決定または判決)がなければ、存否の確認も行っていない」と主張して、電話番号の保有に係る認否を拒否した(「保有を争う」と答弁した)のに対し、東京地方裁判所令和5年3月22日(令和4年(ワ)第27560号)判決は次のように判示して、グーグルに、発信者の電話番号情報の開示を命じた。「なお、被告は、本件投稿の発信者情報のうち電話番号の情報を保有していることを否認する。しかし、被告のサービスにおいてユーザーがアカウントを作成する際、アカウント情報として電話番号を入力する欄が設けられていること、アカウント情報の入力に先立ち、本人確認のために認証用の電話番号の入力が求められ、認証後、アカウント情報を入力する際、電話番号を入力する欄に認証用の電話番号が自動的に転記されることがあること(甲18、乙23ないし25)からすれば、被告は、本件投稿を投稿したアカウントの情報として電話番号の情報を保有していると推認され、被告は、当該電話番号の情報を保有しているか確認していないことも考慮すれば、被告は、同電話番号の情報を保有していると認めるのが相当である。」[2023年3月25日追記]
(3) グーグルが「対象アカウントに係る電話番号情報を保有している」旨の認否した上、「被告が判決確定日において実際に保有していない情報を開示することは不可能であるから、本件請求が認容される場合は、『ただし、判決確定日において、被告が保有し、かつ直ちに利用可能なものに限る。』との文言を付すべきである」と主張したのに対し、東京地方裁判所令和5年7月4日判決は、次のように判示してこれを退けた。「旧プロバイダ責任制限法4条1項は、特定電気通信による情報の流通によって権利が侵害されたことを主張する者が、当該権利侵害が明白であり、かつ、開示を受けるべき正当な理由がある場合に、開示関係役務提供者に対し、その保有する発信者情報の開示を請求できる旨定めているのであり、開示関係役務提供者が請求者の主張する情報を『保有』しているかどうかは、発信者情報開示請求訴訟との関係では口頭弁論終結時の事実認定の問題である。したがって、口頭弁論終結時に開示関係役務提供者が対象となる情報を『保有』していると認定されれば、開示関係役務提供者は、当該情報について請求者に対して開示する義務を負うのであり、請求者である原告が自主的に請求の趣旨に一定の制限をかけるのであれば格別、そうでない場合に被告が主張するような限定を付すべき根拠があるということはできない。」[2023年7月7日追記]
(4) 東京地方裁判所令和6年3月7日判決は、グーグルが「合衆国法典第1 8編第2702条(a)は、プロバイダに対し通信の内容やユーザーに関する情報を原則として漏洩してはならない旨を定めており、その例外として同2703条は他の事由とともに裁判所による開示命令がある場合を定めている。電話番号のようにユーザーが任意に登録する情報は、その『存否』についても秘密として保護され、それを開示することは漏洩に当たると解されている。したがって、裁判所の開示命令なく電話番号の存否を回答することは上記法律違反になり得るから、被告は、法的手続(裁判所による終局的な決定又は判決)がなければ存否の確認を行っておらず、本件審理中に電話番号の保有の有無は回答できない。また、本件審理中は、裁判所の開示命令がないから、被告は上記の法律上の制約により電話番号を開示することもできない。したがって、『保有』については否認する」と答弁した事案について「証拠によれば、グーグルアカウントを作成する者は、電話番号も含む一定の情報の入力を求められることが認められる。また、被告の提出する証拠によっても、約半分ものアカウントが電話番号を登録していることが認められる。これらに照らせば、電話番号を入力せずにグークルアカウントを作成する方法があることや電話番号を削除できるとの被告の指摘を踏まえても、被告が本件記事の発信者の電話番号を保有していることは推認される。他方で、被告は法律上の制限を理由に、開示命令が出されない限り保有の有無の調査すら行わないと述べており、現時点では、上記推認を覆す事情を示すことはできていない。以上に照らせば、被告は、発信者の電話番号を保有していると認めるのが相当である」と判示して、プロバイダに電話番号の開示を命じた(プロバイダが電話番号の保有を否認している状況下で、開示請求者が提出した証拠から保有を推認・認定した初めてのケースと推測される)。[2024年3月9日追記]
(6) 上記(4)判決の意義は、プロバイダがログの調査を行わずに発信者情報の保有を「否認」しても、開示請求者が「当該情報は類型的に保有されていること」を立証することでプロバイダ責任制限法5条1項の「保有」が推認されうること(そのような推認を覆すにはプロバイダによる反証が必要であること)を示した点にある。開示請求者は「プロバイダが侵害情報に係る発信者情報を現に保有しているか」を知り得ない。とすれば、立証責任の公平な分配、及び、訴訟上の信義則(民事訴訟法2条)に照らし、このように解するのが合理的だろう。[2024年3月10日追記]