弁論の全趣旨のみによる事実認定

[判示例]
本件についてみるに、弁論の全趣旨によれば、原告から提供された情報に基づいて被告が調査したところ、本件ログインについては10件の通信記録が存在するとの調査結果が得られ、本件ログインに係る通信記録が特定できない結果となったことが認められる。

[控訴理由の記載例]
(1) 「通信記録が特定できない」ことは被控訴人が立証責任を負うところ()、本件ではこのような事実に係る証拠は提出されていない。原判決は、このような事実を弁論の全趣旨のみから認定した。
(2) 民事訴訟法253条1項3号は判決書には理由を記載しなければならない旨を定めている。事実認定に至る過程が不明確である場合もこのような理由を付していないことに帰するから、そのような判決には同条違反(理由不備)の違法がある。
(3) 上記判旨には「弁論の全趣旨」という証拠原因しか書かれていない。また、原審で「本件ログインについては10件の通信記録が存在するとの調査結果が得られ」たことを示す証拠は提出されていない。そのため、原審の記録を照合しても、ここにいう「弁論の全趣旨」が何を指すかは不明である。すなわち、原判決には右事実認定に至る過程が不明確である点で理由不備の違法がある。
(4) 最高裁第二小法廷昭和36年4月7日判決は「原審は、その挙示する各証拠調の結果並に弁論の全趣旨をそう合して原判示事実…を認定しているのであつて、右弁論の全趣旨が何を指すかは、本件記録を照合すればおのずから明らかであるから、原判決には…理由不備の違法はない。」と判示している。また、齋藤秀夫編著「注解民事訴訟法(6)」314ページも「証拠調の結果と弁論の全趣旨を総合して事実を認定している場合、右弁論の全趣旨が何を指すかは具体的に判示されていなくても、記録を照合すれば自ずから明らかであるときは、理由不備の違法はない。…弁論の全趣旨という証拠原因が示され、かつ、その具体的内容が記録を照合して自ずから明らかであるときは、理由不備の違法があるとはいえない」と述べている。このような判旨及び記述に照らしても上記結論が妥当である。

[関連資料]
伊藤眞著「民事訴訟法」(第7版)375~376ページには以下の記述がある。「通常は、弁論の全趣旨は、証拠調べの結果を補充するものとして事実認定のための資料として用いられるが、弁論の全趣旨のみをもって事実認定の資料とすることも許されると解されている。しかし、このような取り扱いは、補助事実や軽微な間接事実に限って行われるべきであり、裁判所としては、重要な間接事実や主要事実について証拠調べを経ることなく弁論の全趣旨に基づいて認定を行うべきではない。」[2023年6月17日追記]