発信者情報開示によって氏名と住所が開示されると、投稿された側の弁護士から、損害賠償を求める通知書が届きます。示談金の提示を伴うこともあれば、いきなり訴状が届くこともあります。この記事は、ネット上の投稿について損害賠償や示談金を請求された方に向けて、請求が届くまでの経緯、請求される金額と裁判で認められる金額の実例、争える点、示談と訴訟の進め方、裁判例をまとめたものです。
金額の実例は、当事務所の裁判例データベースに収録している、投稿者本人に対する損害賠償の判決100件(2013年〜2025年)を集計したものです。プロバイダから「意見照会書」が届いた段階の対応は「プロバイダから「発信者情報開示に係る意見照会書」が届いた方へ」に、警察から連絡を受けた場合は「ネット上の誹謗中傷の刑事告訴(名誉毀損罪・侮辱罪)の流れ」にまとめています。
要点
- 投稿者に対する損害賠償の判決100件のうち、請求の全部または一部が認められたものは78件、請求が棄却されたもの(投稿者側の勝訴)は14件、控訴審で原判決が維持されたものは7件です。
- 認められた賠償額の中央値は55万円です。83件中51件が100万円未満で、300万円以上は3件です。請求額が分かる42件では、認められた額は請求額の15%(中央値)でした。通知書に書かれた金額がそのまま認められることは多くありません。
- 賠償額は、慰謝料(中央値50万円)に、投稿者を特定するためにかかった弁護士費用(調査費用)と訴訟の弁護士費用(慰謝料の1割程度)を加えたものになります。調査費用は、全額が認められた判決が11件、一部だけ認められた判決が13件、否定した判決が1件です。
- 投稿者側が争える点は、投稿者が自分ではないこと、投稿が相手を指すと読めないこと(同定可能性)、事実の摘示ではなく意見であること、書いた内容が真実であること、消滅時効(投稿者を知った時から3年)などです。請求を棄却した14件の多くは、同定可能性と意見・論評の点で投稿者側の主張が通ったものです。
- 回線の契約者や同居の家族が投稿者でない場合、契約者や家族は責任を負いません(東京地方裁判所平成25年12月2日判決、大津地方裁判所彦根支部平成27年1月22日判決)。
- 通知書を放置すると訴訟になり、訴訟に欠席すると相手の主張する事実を認めたものとして判決が出て、給与や預金の差押えが可能になります。示談で解決する場合、金額だけでなく、謝罪、投稿の削除、再投稿をしないこと、刑事告訴をしないことまで決めておくのが通常です。
1. 請求が届くまでの経緯と、届く書面の種類
投稿された側は、サイトの運営者からIPアドレスなどの開示を受け、次に接続プロバイダから契約者の氏名と住所の開示を受けます。プロバイダからの意見照会書は、この2段階目の手続の中で届きます。開示から請求までの間に、投稿された側は投稿の保存、開示の結果、プロバイダの回答を証拠として揃えています。
- 弁護士からの通知書(内容証明郵便) 投稿の特定、権利侵害の主張、損害賠償の請求額、投稿の削除と再投稿の禁止、回答期限が書かれています。期限内に回答がなければ訴訟を提起するとされているのが通常です。
- 示談の提案 通知書と同時か、回答の後に、示談金の額と条件(謝罪文、削除、再投稿の禁止、口外しないこと)が示されます。
- 訴状 裁判所から特別送達で届きます。第1回口頭弁論の期日と、答弁書の提出期限が記載されています。答弁書を出さずに欠席すると、相手の主張する事実を認めたものとして扱われ、判決が出ます(欠席判決)。慰謝料の額は裁判所が判断するため、請求額より低くなることもありますが、こちらの言い分を主張する機会は失われます。
- 刑事告訴 損害賠償の請求と並行して、名誉毀損罪や侮辱罪で告訴されることがあります。警察から出頭の要請があった場合の対応は、刑事告訴の記事をご覧ください。
2. 請求される金額と、裁判で認められる金額
通知書に書かれる金額は、慰謝料のほか、投稿者の特定にかかった弁護士費用、投稿の削除にかかった費用、通知書の作成費用などを合算したもので、数十万円から数百万円になります。裁判で認められる金額は、これより低くなるのが通常です。当事務所の裁判例データベースに収録している、投稿者本人に対する損害賠償の判決100件の集計は次のとおりです。
- 結論 一部認容77件、認容1件、棄却14件、控訴棄却7件(原判決の維持)、取消・棄却1件。請求額の全額が認められた判決は1件です。
- 認められた額 中央値55万円。最低10万円、最高414万1687円。83件中、50万円未満が35件、100万円未満が51件、300万円以上が3件です。
- 請求額との比率 請求額が判決文から分かる42件では、認められた額は請求額の15%(中央値)で、4分の1の事件が7%以下、4分の3の事件が25%以下でした。請求額の中央値は約500万円です。
- 慰謝料 慰謝料の額が判決文から分かる51件の中央値は50万円です。犯罪行為の摘示、顔写真や住所の掲載、繰り返しの投稿、投稿者が内情を知る立場であることなどが増額の方向に、投稿が1件で短いこと、噂が投稿前から広まっていたこと、相手との間に紛争があったことなどが減額の方向に考慮されています。
- 投稿者の特定にかかった費用(調査費用) 仮処分や開示訴訟の弁護士費用です。判決文で言及のない75件を除くと、全額を認めた判決が11件、一部を認めた判決が13件、否定した判決が1件です。近年の東京地方裁判所の判決には、「発信者の特定が必要不可欠」であることを理由に全額を認めるものが多く(令和6年8月6日判決は33万円全額、令和6年2月8日判決は43万2000円全額)、一方で慰謝料の2割に限定した判決もあります(大阪地方裁判所令和6年2月22日判決)。
- 訴訟の弁護士費用 認められた損害額の1割程度が加算されます。
判決ごとの金額と内訳は「ネット上の誹謗中傷の慰謝料・損害賠償額の一覧(投稿者に対する判決77件)」に載せています。通知書に書かれた金額が妥当かどうかは、この一覧で近い事案と比べることができます。
3. 投稿者側が争える点
- 投稿者が自分ではない 開示されるのは回線の契約者の氏名と住所であり、投稿者そのものではありません。家族や同居人が回線を使った場合、契約者は責任を負いません。ただし、「自分ではない」という主張だけでは通らず、裁判所は、自認している投稿との表示や時刻の一致などから投稿者を認定します(大津地方裁判所彦根支部平成27年1月22日判決は、否認された投稿も同じ表示のユーザーが同時刻に投稿していることから投稿者の投稿と認めました)。第三者による遠隔操作の主張も、証拠がなければ退けられています(東京地方裁判所令和6年2月8日判決)。
- 投稿が相手を指すと読めない(同定可能性) 氏名がなく、一般の閲覧者が投稿の人物を相手と結び付けられない場合、名誉毀損は成立しません。請求を棄却した判決の多くがこの点によるものです(東京地方裁判所平成28年10月14日判決、同平成29年1月24日判決、同平成28年4月26日判決)。他方、氏名がなくても、同じスレッドの他の投稿や検索で特定できれば同定可能性は認められます(東京高等裁判所平成28年12月5日判決)。
- 事実の摘示ではなく意見・論評である 具体的な事実を示さない感想や批評は、人身攻撃に及ばない限り、違法とされません(東京地方裁判所平成28年1月26日判決、東京高等裁判所平成28年1月28日判決、津地方裁判所令和4年10月6日判決)。ただし、「ステマ」のように評価を伴う語でも、証拠で存否を判断できるものは事実の摘示とされます(東京高等裁判所令和7年6月26日判決)。
- 書いた内容が真実である 公共の利害に関する事実について、公益目的で、重要な部分が真実であれば違法性がなく、真実と信じる相当な理由があれば過失がありません。大阪高等裁判所平成28年7月14日判決は、6つの発言のうち3つについて真実性または相当性を認め、慰謝料を300万円から100万円に減らしました。一方、私人の私生活に関する投稿は公共の利害に関する事実に当たらず、真実であっても違法性は否定されません(東京地方裁判所平成25年12月2日判決)。また、自分で是正を求める手段があるのに匿名で投稿した場合、公益目的が否定された例があります(東京地方裁判所令和6年8月6日判決)。
- 閲覧者が少ない・匿名掲示板で信用されない この主張は、ほぼ認められていません。「本件記事がインターネット上に存在する以上、不特定多数人がこれを閲覧することが可能な状態にある」として、閲覧者が現実に少数でも社会的評価の低下が認められています(東京地方裁判所令和6年2月8日判決)。2ちゃんねるの投稿であることも減額事由にならないとされています(東京高等裁判所令和2年1月23日判決)。
- 消滅時効 不法行為による損害賠償請求権は、被害者が損害と加害者を知った時から3年で時効にかかります(民法724条)。匿名の投稿では、開示によって投稿者の氏名を知った時が起算点とされ、投稿から3年以上経っていても、開示から3年以内であれば時効は成立しません(東京地方裁判所令和6年2月8日判決。開示された氏名の人物が改名していたため、告訴の時点でも投稿者を知っていたとは認められないとされました)。
- 相手の請求や開示請求が不当だという反訴 開示請求や訴訟を起こされたこと自体を不法行為として反訴しても、正当な理由を欠く場合に限られるため、認められにくい類型です(東京地方裁判所令和6年8月6日判決、大阪高等裁判所平成29年6月19日判決、東京地方裁判所平成26年6月12日判決はいずれも反訴を棄却)。
4. 対応の選択肢
- 示談 投稿が名誉毀損に当たることが明らかな場合、示談で解決するのが通常です。示談の内容は、示談金の支払、謝罪、投稿の削除、再投稿をしないこと、互いに口外しないこと、刑事告訴をしないこと(告訴済みであれば取り消すこと)、これ以外に債権債務がないこと(清算条項)です。示談書に残さないまま口頭や投稿でやり取りをすると、後に効力が争われます。東京高等裁判所令和7年6月26日判決は、投稿された側が賠償金を放棄する旨の投稿をしても、示談が成立していない以上、債務免除にはならないとしました。
- 訴訟で争う 同定可能性、意見・論評、真実性などの反論が立つ場合は、訴訟で争うことができます。訴訟では、認められる額が通知書の金額より下がるのが通常ですが、相手の弁護士費用の一部と遅延損害金が加算され、判決は公開されます。
- 投稿の削除 投稿が残っている場合、削除は示談の条件になるのが通常で、損害の拡大を止める意味でも早い方が有利です。削除の前に、自分の投稿の画面を保存しておきます。
- 相手への直接の連絡や反論の投稿 相手や相手の関係先に直接連絡すること、反論や経緯を投稿することは、新たな名誉毀損や脅迫とされるおそれがあり、示談の金額にも影響します。連絡は弁護士を通じて行います。
- 放置 通知書を放置すると訴訟になり、訴状を放置すると欠席判決が出て、確定すると給与や預金の差押えが可能になります。請求に納得できない場合も、回答はする必要があります。
5. 期間の目安
- 通知書の回答期限 通知書の到達から1〜2週間とされているのが通常です。期限内に、弁護士を通じて回答の予定を伝えれば、交渉の期間は確保できます。
- 訴訟 「投稿者でない」「真実である」など不法行為の成立自体を争う場合は長くなり、判決まで1年以上かかることも珍しくありません。成立を争わない場合は、争点がもっぱら賠償額の評価になるので、大抵1年未満で終わります。訴訟の前の示談交渉で解決する場合も含めると、和解で終わるのは全体の半分程度です。
6. 投稿者側の主張が認められやすい場合と、認められにくい場合
認められやすい場合
- 投稿に氏名がなく、他の投稿や文脈からも相手を特定できない場合。
- 具体的な事実を書かず、感想や批評にとどまる投稿。
- 公職者や企業の活動、商品やサービスに関する投稿で、書いた内容を裏付ける資料がある場合。
- 回線の契約者であるだけで、投稿したのが家族や同居人である場合。
認められにくい場合
- 犯罪行為、不倫、病気などの具体的な事実を書いた投稿で、裏付けがない場合。
- 氏名、顔写真、住所、勤務先を載せた投稿。慰謝料が高くなる方向に働きます。
- 私人の私生活に関する投稿。真実であっても違法性は否定されません。
- 「閲覧者が少ない」「匿名掲示板だから信用されない」という主張。
- 開示請求や訴訟を起こされたこと自体を理由とする反訴。
7. 裁判例
- 東京地方裁判所平成25年12月2日判決 電子掲示板の記事について、回線契約者と投稿者を訴えた事案。投稿者に慰謝料20万円、弁護士費用5万円、調査費用50万5500円のうち5万円の計30万円を命じ、投稿していない回線契約者への請求は棄却した。私人に関する記事は公共の利害に関する事実に当たらないとした。
- 大津地方裁判所彦根支部平成27年1月22日判決 掲示板で実名や住所を明かし犯罪を示唆した投稿について、投稿者に慰謝料150万円と弁護士費用45万円の計195万円を命じた。回線契約者である同居の父には、投稿を止めさせる法的義務はないとして請求を棄却した。
- 東京地方裁判所平成28年10月14日判決 元顧客のブログで罵倒されたとする請求(慰謝料300万円等)について、一般の閲覧者の読み方では記事の人物が原告だと特定できないとして棄却した。
- 大阪高等裁判所平成28年7月14日判決 元弟子がネットで配信した故人の妻に関する発言について、私生活の事実も公共の利害に当たり得るとし、6発言中3発言は真実性または相当性で免責し、慰謝料を原審の300万円から100万円に減額した。
- 東京高等裁判所令和2年1月23日判決 2ちゃんねるの投稿について、開示訴訟の弁護士費用は全額を損害と認める一方、刑事告訴の費用は損害と認めず、賠償額を563万円余から414万円余に減らした。2ちゃんねるの投稿であることは減額事由にならないとした。
- 津地方裁判所令和4年10月6日判決 議会の参考人招致を強い言葉で批判した県議の引用リツイートについて、社会的評価の低下は認めつつ公正な論評として違法性を欠くとし、削除と損害賠償の請求を棄却した。
- 東京地方裁判所令和6年2月8日判決 電子掲示板に医師の氏名・顔写真・生年月日とともに犯罪行為を摘示した投稿について、慰謝料100万円、投稿者特定の弁護士費用43万2000円の全額、訴訟の弁護士費用14万3000円の計157万5000円を命じた。閲覧者が少数だという主張と、第三者による遠隔操作の主張を退け、消滅時効の主張も、開示された氏名の人物が改名していたため投稿者を知ったとはいえないとして退けた。
- 大阪地方裁判所令和6年2月22日判決 知名度のある人物が第三者に感染症をうつしたとする掲示板の投稿について、投稿者2人に各12万円(慰謝料10万円、弁護士費用2万円)を命じた。噂が投稿前から広まっており、投稿は簡潔で新たな事実を加えていないとして慰謝料を抑え、仮処分・開示訴訟・本訴の弁護士費用は慰謝料の2割に限った。
- 東京地方裁判所令和6年8月6日判決 同じ競技の選手が匿名で原告のブログに規則違反を指摘するコメントをした事案。競技団体に通報する手段があるのに匿名で投稿したことから公益目的を否定し、慰謝料80万円と開示訴訟の弁護士費用33万円全額を含む124万3000円を命じた。開示請求や関係先への周知を理由とする投稿者の反訴は棄却した。
- 東京高等裁判所令和7年6月26日判決 ライターがステルスマーケティングを行っているとするSNS等の投稿について、事実の摘示に当たるとして削除と55万円の賠償を維持した。投稿された側が謝罪に伴って賠償金を放棄する投稿をしていたが、示談が成立しなかった以上、債務免除には当たらないとした。
8. ご相談について
損害賠償の通知書や訴状が届いた方、示談金を提示された方は、メールフォームからご相談ください。原則として翌営業日までに回答します。届いた書面の内容と、投稿の内容をお知らせいただければ、争える点の有無と見通しをお伝えします。回答期限が迫っている場合は、その旨をお書きください。費用についてはFeeをご覧ください。
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資料
- 民法709条(不法行為)、710条(財産以外の損害)、723条(名誉毀損における原状回復)、724条(消滅時効)
- 民事訴訟法159条(自白の擬制)、刑事訴訟法237条(告訴の取消し)
- 集計の対象: 当事務所の裁判例データベースに収録している損害賠償の判決257件のうち、被告が投稿者本人である100件(2013年〜2025年)。認められた額は、判決文に記載のある83件。請求額との比率は、請求額が判決文から分かる42件。慰謝料は、内訳が判決文に記載のある51件。
- 上記7の裁判例のほか、東京地方裁判所平成29年1月24日判決(平成28年(ワ)第12845号。同定可能性)、同平成28年4月26日判決(平成27年(ワ)第5753号。同定可能性)、同平成28年1月26日判決(平成27年(ワ)第4966号。意見・論評)、東京高等裁判所平成28年1月28日判決(平成27年(ネ)第5147号。意見・論評)、同平成28年12月5日判決(平成28年(ネ)第4263号。氏名のない投稿の同定)、大阪高等裁判所平成29年6月19日判決(平成28年(ネ)第2767号。反訴)、東京地方裁判所平成26年6月12日判決(平成25年(ワ)第9239号。反訴)

サイバーアーツ法律事務所 弁護士(東京弁護士会、2007年登録)。インターネット上の権利侵害に関する事件のみを扱う。