悪口・侮辱はどこから違法か 名誉感情の侵害を614件の判決で整理

SNS や掲示板で「バカ」「ブス」「気持ち悪い」「死ね」と書かれたとき、多くの方が「具体的な事実を書かれたわけではないから、名誉毀損にはならないのではないか」と考えます。たしかに事実を示さない悪口は名誉毀損に当たらないことが多いのですが、裁判所は「名誉感情の侵害」という別の枠組みで、悪口そのものを違法と判断しています。ただし、悪口なら何でも違法になるわけではなく、「社会通念上許される限度」を超えることが必要です。

この記事は、当事務所の裁判例データベースのうち名誉感情の侵害が争点になった614件(判決611件・決定3件、2013年〜2026年)を読み、どのような悪口が限度を超え、どのような悪口が限度内とされたのかを、表現の類型ごとに整理したものです。こうした投稿を理由に請求を受けた方にも、見通しの材料としてお使いいただけます。開示が認められない投稿の全体像は「発信者情報開示が認められなかった類型」に、同定可能性は「ハンドルネームへの中傷と同定可能性」にまとめています。

要点

  • 事実を書いていない悪口でも、名誉感情の侵害として開示や賠償が認められます。名誉感情が争点になった発信者情報開示の裁判例557件のうち、全部認容は274件、一部認容は183件、棄却・却下は100件です。
  • 基準は「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」かどうかで、侮辱の内容の重要性、回数や執拗さを含む態様の悪質さ、投稿に至る経緯、相手の立場が考慮されます。
  • 少なくとも一部の表現で名誉感情の侵害が否定された168件の理由は、根拠を示さない感想や1回限りの短い悪口(75件)、本人の言動や公的な立場への批判・論評(46件)、誰に向けたものか・どういう意味かが分からない(38件)が中心です。
  • 出自・民族を理由とする差別的な表現と性的な侮辱は、限度内とされた例がほとんどありません(出自・民族は0件、性的な侮辱は1件で、それも誰に向けたものか分からないことが理由)。容姿の悪口は、限度を超えるとされた例が約85件ある一方、限度内とされた例も31件あり、回数や文脈で結論が分かれます。
  • 名誉毀損と違い、名誉感情の侵害は本人が自分のことと分かれば足り、他人による同定可能性を要しないとする判決が続いています。法人には名誉感情がないとされています。

1. 名誉感情の侵害とは何か、名誉毀損とどう違うか

名誉毀損は、人が社会から受ける客観的な評価を下げる行為です。名誉感情は、人が自分自身の人格的価値について持つ主観的な評価をいいます。東京地方裁判所平成25年12月20日判決(平成24年(ワ)第10940号)は、ブログに多数回書かれた悪口について名誉毀損を否定しつつ、「名誉感情も法的保護に値する利益であり,社会通念上許される限度を超える侮辱行為は,人格権の侵害として,不法行為が成立しうる。」としました。この基準は最高裁判所平成22年4月13日判決が示したもので、データベースの判決の多くがこれを前提にしています。

同定可能性は要件ではない 名誉毀損は、投稿が誰のことか他人に分かる必要があります。名誉感情については、東京地方裁判所令和4年3月31日判決(令和3年(ワ)第22400号)が「被侵害者において侵害行為の対象者が自己と特定できれば足り、他者による同定可能性が必要となるものではない。」とし、同令和5年12月14日判決(令和5年(ワ)第14486号)は、名誉毀損で同定可能性を否定した投稿についても、名誉感情の侵害は同定可能性の欠如だけでは排斥できないとしました。ただし、同令和4年7月22日判決(令和3年(ワ)第19876号)は、他人に分からない投稿では、表現が本人の名誉感情に具体的に向けられたと認められることを求めています。誰に向けたものか分からない投稿が否定された例が多いのはこのためです。

そのほかの違い 東京地方裁判所令和4年12月1日判決(令和4年(ワ)第16960号)は「原告は法人であるから、自己自身の人格的価値について有する主観的評価である名誉感情は観念できない」とし、法人が代表者の名誉感情の侵害を理由に申し立てた事案も退けられています(同令和5年1月16日決定(令和4年(ヨ)第3681号))。会社や店への罵倒は、代表者や従業員個人が請求できるかを検討します。謝罪広告などの名誉回復の処分は、名誉感情の侵害だけでは命じられません(同平成27年6月16日判決(平成26年(ワ)第32570号))。幼い子どもについては、「幼児であっても,その発達段階に応じて,自己の人格的価値に対する主観的評価を相応に有するものということができる」とされています(同令和3年7月20日判決(令和3年(ワ)第4074号))。刑事では侮辱罪(刑法231条)が問題になり、2022年の改正で法定刑が引き上げられました(「刑事告訴」の記事をご覧ください)。

2. 数字で見る名誉感情の裁判例

614件のうち、発信者情報開示を求めたものが557件、損害賠償や削除を求めたものが57件です。媒体は(重複あり)X が138件、爆サイ.com が115件、5ちゃんねる・2ちゃんねるが122件です。

少なくとも一部の表現で名誉感情の侵害が否定された168件(うち67件は請求が全部認められなかったもの)の理由は、重複を含め、根拠を示さない感想や1回限りの短い悪口75件、本人の言動・公的な立場・表現活動への批判や論評46件、誰に向けたものか・どういう意味かが分からない、または人格的価値に触れていない38件、接客業や配信者、医療機関など評価を受けることが予定された職業・活動18件、言い合いの応酬7件、法人による請求4件です。開示請求が全部認められなかった100件のうち54件は、侮辱の程度が限度内とされた表現を含んでいます。

3. 限度を超えるかを決める要素

東京地方裁判所令和5年1月17日判決(令和4年(ワ)第12465号)は、限度を超えるかは「侮辱とされる内容の人格的利益における重要性、侮辱とされる行為の態様の悪質性、侮辱とされる行為が行われた経緯といった点が考慮されるべきものと解される」としています(同令和4年5月13日判決(令和3年(ワ)第29937号)、同令和5年8月21日判決(令和5年(ワ)第6268号)も同じ枠組みです)。

4. 認められた表現・認められなかった表現の類型

類型ごとに、限度を超えるとされた判決(判決理由の骨子の文言による分類で概数)と、限度内とされた判決(168件を読んで分類)の数を示します(重複あり)。

5. 賠償額

名誉感情の侵害を含む損害賠償の判決のうち、投稿者などに支払を命じたものは24件で、認容額は10万円から200万円、中央値は56万1000円です。多くは名誉毀損やプライバシー侵害とあわせたもので、侮辱だけの額は分けて示されないのが通常です。名誉感情の侵害が中心の判決には、次のものがあります。

原告も相手に侮蔑的なメールを送っていたことを考慮して計22万円とした判決(東京地方裁判所平成28年3月17日判決(平成27年(ワ)第413号))がある一方、人種差別と女性差別の複合差別に根ざす記事について慰謝料180万円を維持した判決(大阪高等裁判所平成30年6月28日判決(平成29年(ネ)第2903号))もあります。悪口だけの投稿は名誉毀損より慰謝料が低くなりやすく、特定にかかった費用との釣り合いが問題になります。「投稿者の特定にかかった費用は取り戻せるか」「誹謗中傷の慰謝料・損害賠償額の一覧」もご覧ください。

6. 投稿した側の主張で通ったもの、通らなかったもの

請求を受けた側の主張では、根拠を示さない1回限りの感想、本人の言動や作品・診療への批判、言い合いの応酬、誰に向けたものか分からないという点が認められてきました。他方、匿名の掲示板だから許されるという主張は「匿名掲示板や匿名ブログにおいては侮辱的表現がより許容されているという社会通念があるとは認められない」として(東京地方裁判所平成28年3月2日判決(平成27年(ワ)第23587号))、放送禁止用語ほどの言葉ではないという主張は「そのような語句が使用されていない場合には社会通念上許容される限度を超える侮辱ではないとはいえない」として(同令和4年7月26日判決(令和3年(ワ)第31037号))、冗談で読めば虚偽と分かるという主張も、生存している人を死亡したかのように書く投稿は「それが一読して虚偽であると分かる記載であったとしても」侮辱に当たるとして(同令和4年2月28日判決(令和3年(ワ)第18598号))、退けられています。相手も発信している、先に挑発されたという事情も、限度を超える侮辱を正当化しません(前記の同令和3年6月25日判決、同令和5年8月21日判決)。請求を受けた場合は、問題の表現の回数と文脈、相手のどの言動に向けた批判かを、前後の投稿とともに整理することが出発点になります。

7. 引用した判決

8. ご相談について

悪口や侮辱の投稿について投稿者の特定や削除、損害賠償をご検討の方、またこうした投稿を理由に請求を受けた方は、メールフォームからご相談ください。原則として翌営業日までに回答します。投稿の内容と、前後の投稿やスレッドの状況、同じ投稿者によると思われる投稿の回数をお知らせいただければ、上記の判決に照らして、限度を超えると認められる見通しをお伝えします。見通しが立たない投稿については、その旨をお伝えします。費用についてはFeeをご覧ください。

関連する解説

資料

  • 民法709条・710条(不法行為)、723条(名誉回復の処分)、情報流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)5条1項(開示請求の要件)、刑法231条(侮辱罪)、最高裁判所平成22年4月13日判決
  • 集計の対象: 当事務所の裁判例データベースのうち、争点に名誉感情が含まれる614件(東京地方裁判所が582件)。否定された168件は要約と判決理由の骨子を読んで類型と理由を手作業で分類し、肯定された類型の件数は骨子の文言による分類の概数とした(いずれも重複あり)。賠償額は、名誉感情の侵害を含む損害賠償の裁判例53件のうち、投稿者などに支払を命じた24件による。